不登校の子供の通知表

神奈川県のとある公立小学校が、2020年から通知表を廃止しているそうですね。
「良い評価が多かったら喜び、そうでなければ悲しむだけ。それでは意味がないのではないか」
通知表をやめることも視野に入れ、そう問題提起したのは 通知表の在り方に疑問を持っていたというこの小学校の校長先生なんだとか。
そもそも通知表は、保護者に学習状況を伝えたり 子どもの学習意欲を高めたりすることが目的とされ 明治時代から存在しているものの 作成義務はないのだそう。。
参考文献:https://news.yahoo.co.jp/articles/51e43687db94a9221c343063135da19a94f076a8
通知表は、私が小さい頃から当たり前のようにあって 特別疑問視もしていなかったけれど、息子が不登校になって初めて『なんなのこれ?』って思いました。
『こんなもの一つで息子を評価なんてしてほしくないし できるはずもない。』
斜線の引かれた通知表を見てそう思いました。
子供が不登校になっているという状況だけでも、本人はもちろん親もことごとくメンタルやられてしまっているところを さらに落とされるというこの状況、悲しくて悲しくてやりきれませんでした。
不登校と評価

息子が不登校になってからというもの 中学校の先生からも ことあるごとに『評価・評価』と言われて本当にきついです。
『このプリントをやれば評価になる』 『この課題を出せば評価になる』 『テストを受ければ評価になる』
評価、評価、評価・・・・・
親も子供が休み始めてすぐの頃は気持ちが焦っているし、出席日数の事なども気になってきているのでそこへ先生からさらに追い込まれて子供にプレッシャーをかけてしまう。
子供がどうやったってできるはずもない状況なのに。
ある時先生の口から また『評価』と言う言葉が出た時にやるせなくなってきて 思わず『評価ってなんなんでしょう・・・』とポツリと言ってしまったことがあって、そうしたら先生も何も言えなくて黙ってしまったことがありました。
先生もそりゃあ何も言えないですよね、、、小さい時からの教育がもうずっとそうだし、私たちもその中でやってきた。
その人を判断するのに最も適するとされてきたやり方なんだから。。。
ただね、学校でも普通に子供たちの前で『生徒会役員をやると評価になるよ』とか『これは評価にならないよ』などと言うので、子供達も普通に『これは評価にならないからやらなくて平気』と言っていてる状況、
これっておかしいですよね・・・。
先生も仕方がないんだろうけれど、いまだにこんな教育なんだなって悲しくなります。
まとめ

保護者に学習の状況を伝えたり、子どもの学習意欲を高めたりすることが目的とされる通知表。
確かに子供の弱い部分や力を入れるべき部分はわかるかもしれない。
子供がこれを見て『次はココを頑張ろう、こうしよう』と思えるならそれで良いけれど、そんな子ばかりじゃない。
それを見て劣等感を抱いてしまう子、やる気を失ってしまう子だっている。
親だって振り回される。
できていないところばかりに目がいって『もっと頑張れ、もっと頑張れ』と追い込んでしまう親だっているだろう。
その子自身の良いところを見れなくなってしまう。
誰もがみんな得意・不得意があって みんな違うのに、これ一つでその子の全てを評価なんてできる?
子供が不登校になって改めて、通知表や評価のあり方について考えさせられています。
息子は斜線の引かれた通知表を見て『もう仕方ない』って言いました。
確かに仕方がない。
だって、テストも授業も受けてないんだから、評価のしようがない。
でもね、体調が悪くてどうしたって行けない子はいるし、行かなくちゃって思ってたって行けない子はたくさんいるんだよ。
それなのに皆と同じように通知表を手渡されるんだ。
皆と同じように評価されるんだ。
先生もそうしなくちゃいけないのかもしれないけど、終業式の日の放課後に子供も来るように促し、子供の前でそれを開いて説明する。
これなんの意味があるんだろうか。
不登校の親子がこんな辛い思いをしてるなんて、当事者になるまで知らなかったよ。
本当にきついね。。。
私はそれを受け取った後、車の中で息子に言った。
『いいかい、こんな紙切れ一枚で〇〇(息子)のことを評価なんてできないんだからね』
『焦らないで今できることを、できる時にやっていこうね』
『一番は健康。まずはそこだから』
息子は一言『うん』と言って
通知表と一緒に手渡された手紙(クラスの友達(女子)から息子へ渡してと先生に預けられていた)を嬉しそうに読んでいた。
それだけでもう、評価なんてどうでもいいやって思った。
誰もが生きやすい世界になりますように☆☆☆

